替えられないもの  1






進藤ヒカルの囲碁の道は現在、順風満帆に進んでいる。

碁を始めてから短期間でプロになり、途中原因不明の無断欠席など多少問題が多かったが、
北斗杯という大舞台にたってからというもの、ヒカルの成長は留まる事を知らない。


現在、ヒカルは本因坊リーグに参加している。

今日の結果も無論白星。


「やったな進藤。」

「和谷!」


同期の和谷も勝ち進んだようだ。

「和谷もどうだった?」

「二目半で勝った。」

ヒカルと和谷は予選番号から離れているため、決勝に進まない限り当たる事は無い。
今回は気兼ねなく、結果を言い合い検討する事が出来る。

「お前これから塔矢のところ行くのか?」

「ああ?今日は行かない・・・和谷次、塔矢とだよな?」

次の和谷の相手は、塔矢アキラだ。
打倒塔矢門下と掲げている森下門下の最後の弟子の和谷としてはプレッシャーだ。


「あぁ、でも俺だって負けねぇよ。」

「そうそう、その息だ。決勝は俺と和谷で対戦だったら、森下先生も鼻が高いだろうからな。」

「違いないな・・・。」


ヒカルは、あと三回勝てば、本因坊の挑戦権が得られるのだ。










藤崎あかりの現在の悩み事は、自分に数多く来ている嫌がらせだった。

これが進藤ヒカルとの恋の悩みだったら方が幾分かマシだったのだが、
そこは変えられない事実だ。


始めは、ヒカルのファンの女の子からの嫉妬故かと思っていたが、
日に日にエスカレートしていった。

あかりからしてみれば、女の子の考える手口ではないのだ。


始めは無言電話だった。
脅迫めいた手紙がきた。
内容は進藤ヒカルと別れろと・・・。


ヒカルと恋人同士になって早、三年。

あかりは結構前にちゃんと恋人として、ヒカルの仕事先の人に紹介をされていた。
その直後は特にこんな事にはなかったのだが、ヒカルの実績が注目されるようになってから
女性雑誌でも、塔矢アキラを始めとする若手棋士の特集があった。


無論、顔のいいアキラ、ヒカル、同期の和谷に院生時代の伊角に少し上の冴木
何故だが、緒方もその特集に載っていた。


それから世間では、囲碁ブームというヤツで、世の女性は現在韓国俳優でもなく、
ジャニーズでもなく、スポーツ選手でもなく、囲碁の若手棋士に夢中なのである。


そんな中、ヒカルはバカ正直にインタビューで恋人が居る事を言ってのけたものだから大変だった。



そうなのだ、あの時は女性ファンからの嫌がらせも数多くあったが、
棋院の圧力や、あかりがそういった被害にあっているという事でヒカルが
インタビューでやめてくれと頼んだのが引き金で一切なくなった。


その時の事と今回の事は何かが違うような気がする。
親はまたヒカルに言ってもらうか?といってみたが、種類が違うような感じがしたので
暫く様子を見るという事で話は終わったが、あかりの親は念のため進藤家に説明しておくといっていた。



もし、自分がある人のファンでこの人に恋人が知ったとしよう。
ちょっとだけ悔しいから一回だけ嫌がらせをしてみたとする。

無言電話や、手紙でいいやで終わってしまうのが大人しい女性の嫌がらせ。

自宅のガラスに石を投げつけたり、塀にスプレーをするのも多少過ぎたことだ。


でも、今回送られてきたのは、虫や動物の屍骸と一緒になったあかりの写真。
普通女の子は虫や、こういった類のものは苦手だから出来ないハズ。

それにメッセージ内容もおかしい。
ハヤクワカレテコッチヘオイデ


あかりの予感していた。
犯人はファンの女の子ではなく、男の人だと・・・・・


















今日は久しぶりに、デートだった。


ヒカルの休みとあかりの休みが被った貴重な休みだった。

外で待ち合わせをして、前からあかりが見たがっていた映画館へ足を運ぶ。
ファンタジー物の人気シリーズの最新話だった。
この映画実は、ヒカルも好きだった。

本など読まないヒカルだったが、この映画の原作の本はちゃっかり全巻揃えていたりする。
あかりも読者らしく、映画と原作の変更点や、映画での表現力や演出にすっかり話しに花が咲く。


「でも・・・やぱり三時間近くあっても、内容足りないね。」

「そうだな〜、映画じゃなくて連載ドラマとかアニメにすればよかったのにな。」

「そうね、それならあそこまでカットしなくてもいいしね。」


お昼は映画館の近くにあったイタリアン店。
ランチが最近値下げして、お客が増えている。

ヒカル達も少しは待たされたが、昼だから客の回りも早く順番は直ぐに回ってきた。


「でも、一日中ヒカルを独占できるの久しぶりだね。」

「俺もそう思ってた。いつもなら手合いや、研究会の帰りだけってのが多かったからな。」


ヒカルとあかりのデートは夕方からというのが定番になっていた。
近いところで待ち合わせをしたり、あかりが棋院まで行ったり・・・
でもそうなると、他の人がチヤホヤしてヒカルの機嫌が悪くなったため一回でやめてしまったが・・・

それからウィンドーショッピングなんかして、晩御飯を食べる。
これがいつものデートのパターンだ。


「俺も一日あかりと居れて嬉しいよ。なんたって三ヶ月ぶりだ。二人でゆっくり出来るの・・。」

ヒカルもこの日のデートを楽しみにしていたようだ。
ランチを済んだ後、人気のショッピングモールであかりの買い物に付き合う。


当初は女の買い物は長くて辛いものがあったが、慣れてみるとそうでもなかった。
ヒカルもあかりに似合いそうな服を選んで、あかりに着せる。

ヒカルの場合面白半分で、露出の多い服を選び”今度俺の部屋で着て”と言い
いつもあかりに怒られている。


そういえば、この前のクリスマスで下着をプレゼントして顔を顔を真っ赤にして
”このバカー!!!”と引っ叩かれたのは言うまでも無い。

が、実際は惚れた弱み、あかりはしぶしぶヒカルのプレゼントされた下着を身に着け
ヒカルに見せたのだった。
ヒカルは鼻の下を伸ばして満足そうだった。


結局、その下着を着たのも束の間、すぐに脱がされたのだった。









「ありがとうございました。」


店員の挨拶をよそに、あかりは次のお店へと足を運んだ。
どうやらバイトの給料が入ったようでいつもより買い物が多い。

「俺は荷物持ちか〜。」

「ごめん、ごめん、このお店で最後だから!」









長いあかりの買い物が終わって、少し休憩することにした。

飲み物でも飲もうと、ベンチに腰掛ける。


「今日はいつになく量が多いな。」

「へへ・・・暫く買うの我慢してたから。」


今日はその解放日らしく、あかりは満足そうだ。

時間はまだ夕食にはまだ早い夕方前。


「そういえば、お前アクセサリーショップ見てたけど入らなかったな?いいのか?」

「え・・・?」


ヒカルは見ていた、もの欲しそうにしていたあかりの姿を・・・。
あかりの視線の先は、ある一つの指輪だった。
豪華すぎず、シンプルすぎず、一つの石が嵌められた指輪。

どうやら一種類だけじゃなく、沢山のシリーズが出ているようで
あかりは緑の石の指輪が欲しがっていたように見えた。


「いいの・・・、今つけているの気に入ってるんだ。」

あかりの首元にヒカルのは、ホワイトデーでヒカルがあかりに送ったネックレスだ。


一応、この二人付き合いが長くなってからは恋人らしいイベントも、恋人らしく過ごせるようになってきた。

クリスマス、年末年始とバレンタインにホワイトデー・・・
始めは恋愛ごとに疎かったヒカルも、段々気を使うようになっていった。


普段ろくに時間が取れないから、こういったイベントではせめてといった事だろう。
その気持ちだけであかりは十分だ。


(まだ二十歳だし・・・でも付き合って三年たつのか・・・)


エンゲージリングとまではこの前、指輪をしていた友達を見てあかりは羨ましくなった。
普通に彼氏彼女としての指輪をしている人も結構多いのだ。
中にはペアリングというものまであるのだから・・・


(ペアネックレスくらいはしたいな・・・)


もうすぐあかりの誕生日だ。
季節は春が始まった頃。


5月はヒカルには鬼門のようで、あまり調子が上がらなくあかりもわかっているから
家でホームパーティーで終わらせるのが多かったが、


(今年はプレゼント前もってリクエストしてみようかな?)


毎年毎年、ヒカルはあかりのプレゼントに四苦八苦しているようだから、
本因坊のリーグ戦もあるし、ヒカルに余計な気を使わせるのもよく無いだろう。


「何、お前笑ってんだよ。」

「別に・・・ね、今年の誕生日のプレゼント、私が欲しいものリクエストしていい?」

「いいぜ!そう言ってくれると助かるぜ。」

(ああやっぱりね。)

「わかったじゃ、欲しいものきまったら教えるね。」












一日中ハシャギ過ぎて、帰りがすっかり遅くなってしまった。

門限ギリギリである。


あれから二人で仲良くて夕食を済ませたのだ。


「あかり平気か?」

「うん・・なんとか・・。」

「悪い・・・久しぶりだったから・・。」

「いいよ。私も・・・嬉しかったし・・。」

「そっか・・・。」


春といっても夜はまだ寒い。
またスプリングコートが手放せない。

「寒いか?」

「大丈夫、じゃぇまた今度ね。」

「あぁ・・プレゼント考えておいてくれよ。」

「うん!」

「じゃぁな。」



ヒカルはあかりが家の中に入ってのを見送って、自分の家へと帰りだした。



「ただいま・・。」

「おかえり、あかり。どうだった?デート。」

「べ・・・べつに、いつも通りだもん!」

「まぁ、こんなに買い込んできて、ヒカル君に荷物持ちさせたんでしょ?」

「ヒカルは嬉しそうに持ってくれたもん!」

「あ、そうそうあかり。」

すぐに部屋にいきそうなあかりを母親は引き止めた。

「あれから進藤さんにも言っておいたわ。念のため警察もね。」

「わかった・・。」

「ここら辺の見回り強化してくれるって。だからもう少し今度から早めに帰ってきてくれないかしら・・。」

「わかった。」

そういえば、こんとこパトカーによく遭遇するのは見回りが多いのか・・・


「あ・・・ヒカルに言うの忘れてた。」


あかりはついデートが楽しくて、ヒカルにまた変な嫌がらせが来ている事を報告するのを忘れていたのだ。


(ま、・・・今度でいいか・・・)

















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