DEEP   前編




練習で遅く帰るなんて、野球部だったら当たり前の事だ。
名門校だったら、もしかしたらもっと遅いかもしれない。

練習で疲れた阿部は、自転車をこぎ夜の街を通る。

少しでも遅くなれば、商店街は静まり返り、裏路地のバーや居酒屋の通りが煩くなる。
男子高校生といっても一人は危険だと事なのか、帰りはなるべく団体で
一人になったら人通りの多いところにしろと、親をはじめ学校から言われている。

この時代、なにがあるかわからない。
本当に物騒になったものだ。


あまり、夜の繁華街を行くのは好きではないが、
何かあっては親にも学校にも、部活にも支障が出るので、多少遠回りになるが人の多い道を行く。


「ん・・?」


いつもとかわりない繁華街。
そこにきになる後ろ姿を見つけた。

阿部より少し小さめの身長に、細めの体。
色素の薄いポワポワの髪の毛。


「三橋・・・?」


一人ではない。
大人の男と一緒だった。

いや、まだ三橋と決めるのはよしておこう。
阿部と、三橋の家の方向は大分違う。
こっちにきていたとしても、自転車が見当たらない。
少年は歩きだ。

遠めでよく分からないが、男に腰を支えられ歩いている。
どう見ても相手は父親とかではなさそうだった。

少年の顔を見ることは出来なかったが、思い違いだろと阿部は決め込んでさっさと家へペダルをこいだ。

















「チーッス。」

早朝5時
グラウンドを入り、整理を行う。
阿部はいつも来るのが早いほうだ。
次に、栄口、西広、花井・・と続く。

三橋はいつもビリから数えたほうが早い。


「・・ち・・チッス。」

「三橋〜。はよ!!はやくしないと遅れるぞ〜!!」
「う、うん。」


今日は最後だった。
田島に促され、さっさとユニフォームに着替える。


本当に三橋は一つ一つの動作が、遅いと思う。
丁寧って訳ではないが、まぁドンくさいヤツだろう。


別にそれが野球で影響しているわけではないから、さほど気にはしないが
練習前後の着替えくらいはテキパキやって欲しいものだ。






「なぁ、三橋。」
「??」


投球練習の時間になると、阿部は昨日見た光景が気になり三橋はそのまま帰ったのか聞く。


「お前、昨日そっか道草したか?」

一瞬三橋の顔は曇ったが、すぐに返答した。

「き・・きのうは・・コンビニよった。」
「あ、そっか、そうだよな。悪い、変な事聞いて・・。」

「べ、別に、、平気、だよ。」


やっぱり人違いか。
それにあの三橋の性格上、あんな事は出来ないだろ。
あれは見るからに・・・・・・・



「・・・君。」

「・・・・」

「・・阿部、君!」

「お・・っと悪りいボーっとしてた。」



投球がおわり、ボールを返してこない阿部に三橋は読んだ。
何度目かの叫びで阿部は我に返ったのだ。
今日はいつもの違う阿倍の様子に三橋は、少々不安に陥る。

「あ・・あの・・」
「別に、ただぼーっとしただけだ。悪かったって言ってるだろ!」

「ひ!」

ああ、いけない。
この怒鳴りグセ、三橋を怯えさせている原因になっているのになかなか改善されない。

なにもかも、三橋と似ている少年が、あんなところで変な事するからだ。
事の原因を決め付けて、阿部は一人でイライラしていた。
今度あったら、文句の一つでも言っておこう。
そう阿部は誓った。








「じゃぁね、阿部!」
「おう!また明日な。」


夜9時を過ぎる下校時間。
暗い道を進む。


「はーくったびれた〜。」


早く家帰って飯食って寝よう。
ああ、今日は宿題が出てたんだ、メンドクセェ。
とぼやきながら、いつもの繁華街へ入る。


「あ・・。」


そして今日は見つけたのだ。
また後ろ姿だったけど、三橋と似ている少年を。

今度は学校の制服だろうか?
水色のシャツに、深緑のチェックのズボンをはいていた。

なんだ、やっぱり他人か。
安堵した阿部は、文句を言おうと決意した心はすっかりなくなっていた。
これでもう三橋を疑わなくて、済むのだから。




「廉君、どうしたのその格好。」

「・・・学校・・・のせいふ、く。」

「いいの〜?そんなの着てきちゃって」

「別に・・。」


ブレーキを踏んだ。
今廉と言わなかったか?
そして返答した少年の声は、誰かと重なる。

「あぁ、クソ!!」

阿部は、自転車を邪魔にならないところにおいて、降りた。
あぁ、鍵も取らないと。
また盗まれたら、親が煩いからな。


阿部は廉と呼ばれた少年の後を、追いかけることにした。





物陰に身を潜めて、顔が見えるところで止める。

「廉君、最近つれないな。」

「部活・・・忙しい・・。」

ここまでくれば、会話も十分に聞こえる。
辺りを見渡せば、ここはホテル街だった。
なんの罰ゲームでここに居るんだろうと、惨めに思ったが、阿部はもう少し様子を見ることにした。


「部活ね。・・・先輩達優しい?」

「俺・・野球部・・こ、今年できた・・。」
「へ〜そうなんだ。じゃ、廉君いじめる先輩はいないんだね。」

「は・・はい。」


今年出来た野球部は、埼玉県内じゃ、西浦ぐらいしか聞かない。


後ろ姿だけだったが、横顔が見えた。


「そうなの。僕、廉君と会うの久しぶりで、楽しみにしてたんだ。」
「へ〜・・。」

「相変わらず、冷たいな廉君は。まぁ、いいさ、部屋じゃ君はそんな余裕は無くなる。」


「・・・。」


エロオヤジの言葉に少年は横をむいて、相手には決して見せない軽蔑の顔を見せた。


「・・・おい、嘘だろ。」


そのとき阿部は見てしまった。
少年の顔。

男とホテルに入っていく、その少年は・・・



「三橋・・・?」


阿部は、この衝撃をどうしたらいいのかわからず、
そのまま立ちすくんでいた。













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